かず日記

Avenir Cycling Yamanashi / Juntendo University / Promotion x Athletes CYCLING

最後のインカレ 優勝

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「インカレで勝ちたい」そう思い始めたのは順天堂大学に入学する前だった。2019インカレロード美麻で武山さんが優勝したのをyoutubeのダイジェストで見た瞬間にこの舞台で勝ちたいとそう思った。

(その動画はこちら↓↓)

https://m.youtube.com/watch?v=6NGTN3tmPDE

インカレで勝って学生日本一になる。ただシンプルな憧れ。大学4年間をかけてインカレ優勝を成し遂げたいと、家の布団で寝っ転がりながら決意したのを今でも覚えている。

 

そんな思いを持って順天堂大学に入学し、生意気な自分は入学早々から「俺はインカレで勝ちたいです。勝ちます。」と先輩達にも楯突いて言い続けていた。当時の実力や練習を見ると、とても現実的では無かったけど、それでもその当時は自分なりに本気で勝つための練習を考えて、勝つビジョンを持って練習していた。何より周りに「俺はインカレで勝つことが夢なんかでは無くて目標です。」と言い切ることで自分の逃げ場を無くして追い込んでいたのも懐かしい。

1年生の逃げに入ったインカレ↓↓

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結局1年生のインカレは逃げに乗った後、先頭でコーナーを攻めすぎて落車して途中棄権。それでも先頭でレースを出来たこと、転ばずに行けば最後勝負に絡めたのではという自信から、インカレの2週間後に行われる全日本学生選手権個人ロードレースでは勝てるんじゃないかと思っていた。

 

そして迎えた個人ロード。前半は先輩の園田さんが逃げに入り、その逃げが吸収されたカウンターで自分から攻撃。運良く数名での逃げが決まり、両脚を攣りながらも3位表彰台でゴール。勝てはしなかったものの、自分のやってきたことは間違っていなかったと、自分のやり方が正しいんだと天狗になった瞬間だった。笑 

3位になった時↓↓f:id:kazuki_watanabe_k:20240918214814j:image

体重はおそらく62-3kg。今より4キロ軽い。
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自分のやり方が正しいと、周りの話はあまり聞かなくなって、過度な食事制限と1度に長時間のトレーニングを繰り返し、オーバーワークに陥った1年生の冬と2年生の春。いや2回もかい。

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更に2年生はオーバーワークから復帰してすぐ、5月末に落車に巻き込まれ、打ちどころ悪く鎖骨を折ってしまい、学連TT、個人ロード、全日本選手権の全てをDNS。当時は最高に仕上げたつもりだった鹿児島インカレも25位と箸にも棒にもかからなかった。JPROツアーに初挑戦した年でもあり、そのほとんどのレースをDNF。全く上手く行かなかった1年間を過ごした。

鹿児島インカレf:id:kazuki_watanabe_k:20240918223159j:image

鹿児島インカレでは、同じレースを走っていた法政の塩谷選手が亡くなる事故が起こった。危険な競技であることはわかっていたつもりだったけど、同じレースで人が亡くなったという事実。塩谷選手とは面識があったわけではなかった。だけどあまりに悲しい現実にやり場のない気持ちがずっと消えなかった。この競技で絶対に死んではいけないと、強くそう思うようになった。改めて心からご冥福をお祈り致します。

 

迎えた3年。試行錯誤を繰り返し着実に力が付いてきたものの目立ったリザルトは出せなかった。インカレでは2週間前にコロナを患い、当日まで日に日に復調していったものの、力、展開共に勝負に敗れ8位でゴール。

美麻インカレf:id:kazuki_watanabe_k:20240918231857j:image

そして2023年9月8日。忘れられない日。忘れてはいけない日。ツールド北海道第1ステージ、五十嵐さんが僕の目の前で亡くなってしまった。今も気持ちに整理なんか付いていない。整理が付く日なんて多分来ないんだと思う。あの日その瞬間を思い出して今でも何度も何度も涙が止まらない。何か出来なかったのか。五十嵐さんの思いは。だけどどんなに悔やんでも、巻き戻したくても、時間は巻き戻せない。これからの自分に何が出来るんだろう。自分が五十嵐さんだったらどうして欲しいと思うんだろう。俺だったら自分のせいで自転車を嫌いになんてならないで欲しい。もし挑戦したい思いがあるんだったら、全力で挑戦して欲しいと、きっとそう思った。五十嵐さんの最後を見届けた者として、五十嵐さんはどこかプロでやりたいと思っていた自分の背中を押してくれた。そこから競技に復帰すると決めた日。それはプロになると覚悟を決めた日にもなった。

これまで本当にありがとうございました。見守っていてください。f:id:kazuki_watanabe_k:20240918232546j:image

そしてとうとう迎えた4年。オフシーズンの取り組み方、トレーニングをまるっきり変え、ベースをはじめ大きな成長を遂げシーズンインを迎えることができた。シーズン前半ではJPROツアー真岡芳賀ロードレースで3位、全日本学生選手権個人ロードは2位。最後は敗れてしまいどちらも反省が多いレースではあるが、確実に勝利に近づいていると実感したレースだった。

JPT真岡芳賀ロード3位f:id:kazuki_watanabe_k:20240919003513j:image

全日本学生選手権個人ロード2位(前日に39度の高熱。らいとめ。許さない。)f:id:kazuki_watanabe_k:20240919003504j:image

2024シーズン、最もフォーカスしていたレースはインカレと全日本。その全日本選手権は序盤の目の前の落車に巻き込まれて終わってしまった。膝とメンタルが骨折してしまったが、水野監督の言葉のおかげで、インカレに向けて気持ち新たに準備を進めることが出来た。

全日本選手権U23f:id:kazuki_watanabe_k:20240919003840j:image

夏の計1ヶ月にも及ぶ怒涛の合宿ラッシュを乗り越え、パフォーマンスは過去最高に。そして迎えたのは8/23インカレトラック、4kmTP。あら不思議、全く走れず仲間から千切れ撃沈。挙げ句ちいかわの様な声で「まってぇ、落としてぇ」と叫ぶ始末🤦入賞を狙えたタイムから外れに外れ、最初で最後の団抜きは9位で終えた。これは完全なる準備不足。トラックにもっと乗りましょう。

4kmTPf:id:kazuki_watanabe_k:20240919004916j:image
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他大学の選手からも散々、戦犯だのロードもやばいんちゃうかなどブイブイ言われ、ちゃんと心に刺さりながらも、ロードの練習ではしっかりパフォーマンスを出せていたことが精神を保った。

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そして延期開催されることになった群馬インカレの1週間前のJPROツアー新城ロードレース。インカレで勝つために金髪にして挑んだ。そんな思いとは裏腹に序盤でオーバーヒートしてしまい、即レースを終えてしまった。しかし自分のタイプと脚質を再認識するレースとなり、メンタルへのダメージはありつつも意味のあるものとなった。

蒲生さん心のフォローあざした。

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そうしていよいよインカレロード。の4日前に見事に風邪を引き、大事な大会前絶対に風邪を引くというジンクスまで含めて完璧なコンディションでインカレロード当日を迎えることに。

さてここまで約2700文字。お付き合いいただき誠にありがとうございます。ようやく2024インカレロードの本題。レースレポートはこちらです。是非ご査収ください。

https://jicf.info/officials/8120

そうなんです。今回はレースレポートでは無くて、最後のインカレを迎えるまでの4年間をまとめたブログです。あ、じゃあ興味無いというそこのあなた、そんなこと言わずにあとちょっと最後まで読んでいってください。

 

インカレで勝つこと。自分の憧れでもあり、それは自分にとって恩返しのためにもなっていた。両親や彼女。順天ズのみんな。僕を育ててくれた彩湖のおじさんや荒川のおじさん、そして下総のおじさん達。レースを教えてくれた水野監督。JBCFへ挑戦するきっかけをくださったリンクビジョン山田監督。本当に数え切れない人達からの期待と応援に応えたくて、何としてもインカレで勝ちたかった。最後のスプリントは自分の実力なんかでは無くて、僕を応援している人、背中を押してくれた人がちょっと多かっただけ。この優勝はその全ての人への恩返し。この場を借りてお礼を言わせてください。本当にありがとうございました。

 

「勝って恩返し」

 

もし例え勝てなかったとしても、大学4年間という最高の青春を、信頼できる最高の同期と仲間達と共に過ごせた日々は本当に幸せだった。こんなわがままで散々なやつだったけど、同じ時間を共有してくれてありがとう。まだ半年あるけどね。笑

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そして来年からは自分の限界に挑戦して行きます。自分はどこまで行けるのか。どんな景色を見ることが、見せることが出来るのか。どれだけ苦悩してもその経験は間違いなく人生の宝物になるはず。誰よりも楽しんでより多くの人に夢や感動を与えられる選手を目指して。

 

 

#これにて自転車競技青春編閉幕

#クサい文章もここまで

#これからも応援よろしくお願い致します

#家族にはまた心配をかけそうです

#必ず生きて家に帰ります

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全日本学生選手権個人ロード 2位

大学4年目、最後の個人戦ロード。1年生の頃群馬で行われたこのレースで3位になったことが記憶に残っている。学生のレースで1番思いが強いのはインカレだけど、全日本の1週間前に行われるこのレースももちろん狙っていた。

 

•レース前のハプニング

今回のレースレポートはレース2日前のハプニングから始まる。レース2日前、いつも通りインターバルトレーニングを行い、その数値も主観的強度と心拍数から比較してもかなり調子の良さを感じていた。その後温泉→整体でコンディションを整えてその日は就寝。夜中ふと目が覚めると、とんでもない頭痛と倦怠感が襲った。交互に来る寒さと暑さ、コロナの時と同じ熱っぽさで39度以上。そこからは朝までほぼ寝れず安静時心拍数も普段の倍以上と異常事態。レース前日に即病院に行き検査をし、幸いコロナやインフル、感染症では無くただの風邪か熱中症とのこと。ドーピングに引っかからない薬を処方していただき、レース前日はカーボローディングや軽く乗ったり、調整等一切出来ず寝たきりで過ごした。本当は全日本に向けて出ない選択もあったけど、走れる可能性が少しでもあるなら出ないという選択は出来なかった。

 

レース当日起きた時はまだ体調がかなり悪かったが熱は無く、とりあえず早朝から水野監督に連れてもらい会場入り。みんなと冗談混じりで話していくうちに体調が段々良くなっていき、改めて病は気からだとか感じたり感じなかったり。レース前日乗らずに出たことも無ければ、体調不良のまま出たこともなかったので、目標とか何も考えずに出走した。

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•レース内容

いざレース。なんか自転車の感覚がいつもと違う。レース開始後2周くらいは喘息が出てきて辛かったが、カフェインジェルを3本くらい飲んだらそれ以降は出てこなかった。病をカフェインで退治。そこからは調子が凄く良く、気づけば自転車の感覚もマインドもすっかりいつも通りになり、直感で勝負できる自信があった。その地点でレースは既に半分くらいだったかな?逃げとメイン集団とは3分差。菅原に勝負を任せて欲しいと頼み、逃げとのタイム差を縮める牽引をやってもらうことに。塩出と俺は最終勝負に備えて休める位置で待機。

 

レースペースは結果的にラスト2周まではゆるゆるサイクリング。メイン集団は50-60人?くらいの大所帯。このまま最後の激坂に行くとか勘弁して欲しいため、ブリッジして前で勝負がしたかった。ここまでの菅原の素晴らしい仕事が功を奏し、ラスト2周地点で逃げから30-40秒差と、単独でブリッジできるちょうど良いギャップ。ここからいよいよ補給坂で自分から攻撃開始。ラスト2のアタックはブリッジ届かず、更に誰も着いてこなかったため一旦仕切り直し。ラスト1の補給坂アタックで単独ブリッジ成功。とは言っても数秒後方にすぐメイン集団。そこからは全開で激坂を目指すだけなんだけど、ブリッジした後十分に回復できず、ローテもあまり回せない。そんな中でも林原と宇田川の引きが強く、チームメイトが集団の抑えに入ってくれたおかげで、集団と10秒差のリードを持って最後の激坂を迎えることができた。

 

逃げ続けた林原は恐らく疲れてるし、宇田川と松井相手に最後スプリントしたくないと考え、迷いなく登りの入りから全開で行った。心が折れてくれ。脚が終わってくれ。そんな願いは叶わず、林原にあっけなく躱され敗北。レース前半から動き続け1番脚を使って勝つ。本当に悔しいけどリスペクトに値する走りと勝利だった。おめでとう。そして今回順大としては、同期の塩出が9位、菅原は14位、大森が22位と上位に4名が食い込めた。レースの内容を見てもただ走ってその順位では無くて、自分のために仕事を最大限やってくれた上での順位。本当にチームとして強くなってきた。そしてその仕事に自分は結果で応えなければいけないところを2位。勝てなかった。

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レースで勝つっていうのは本当に難しくて、何か1ピースでもハマらなければ勝つことは出来ないことを改めて実感した。過去を振り返っても大学4年間未だにタイトルを取れていないし選手権やインカレは2位3位、入賞止まり。 今回のレースで目を背けられない自分の弱さがはっきり分かった。勝負強さが無い。最後の局面で勝利を切望出来ない自分。何が何でも勝つんだって最後の最後まで強く保てない自分。どうしたら自分の根の部分が強くなれるかは分からないけど、目を背けたら間違いなく勝てないまま終わる。自分の弱さを認めて、自分の力だけじゃなく周りにも支えられて、どんなことを頼りにしても乗り越えて勝ちたい。圧倒的な力を見せ無くても、どんな泥くさい走りでも、何がなんでもまずは1勝して自分の殻を破りたい。

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いよいよ6/21.22全日本選手権U23 TT、ロードレース。前半戦1番重要視している全日本。正直自分の得意なコースではないし勝機は少ないかもしれない。だけどこの日のために去年から準備してきた。日本一を決める大会、わずかなチャンスを探し続け、日の丸ジャージに袖を通せるよう全力を尽くす。応援よろしくお願いします!

 

photo by  そーる Itaru Mitsui 

4/20 21 東日本ロードクラシック 2days DNF

Day1 ☀️ 群馬CSC 6.0km 正回り25laps 150km DNF

今シーズン初となる群馬。それに加えて正回りは1年以上ぶり。140人で走る群馬、危険だろうとは思っていたが案の定2日間多くの落車が見られるレースとなった。

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レースのプラン↓

自分、藤井さんは逃げからリザルトを狙う。BS、愛三が乗った逃げは決まる可能性高く要注意。集団スプリントの場合は菅原、山里で狙う。スプリントの場合は自分はサポート。

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レースレポート↓

先頭でレースをスタートし、そのまま前方で展開しながら2周を終える。一瞬集団の真ん中で中盤に下がったタイミングで、下りで落車が発生。フルブレーキ+突っ込み寸前でギリギリ止まり回避。ここでかなりの人数が巻き込まれ、集団後方に下がってしまう。脚を消耗しないよう落ち着いて3周かけて先頭に向かう。上がっていく最中に逃げが決まってしまい、先頭に戻った際には逃げ6名まで30秒差、しかも勝ち逃げになってしまうんでは、というメンバー。

監督からジャンプしてもいいよとの指示もあったが、誰もブリッジしに行く気配は無く、1人で行く脚も無かった為、この逃げには乗れず。後手を踏む展開に。脚を使わずにゆっくり前に上がりに行ったことは失敗だった。

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そうなるとやるべきことは次の展開。逃げに乗せていないブリッツェンがすぐにトレインを組み出す。他チームからも数名ずつトレインに加わる。 菅原は不調にてレースを降り、山里を集団に残してアヴニールからは自分がローテーションに入る。藤井さんと瀬戸口にも途中手伝ってもらう形に。

逃げと2-3minくらいまで広げた後徐々に縮めるという王道の展開になるか、ブリッジできる距離まで一気に縮めてから振り出しに戻すのかと思ったが、追走の意思が噛み合わず40-60秒の差のまま、追いつく事もなければブリッジしに行ける距離でもない状態で脚を消耗する展開に。10名近くで回すが、チグハグなローテーションでただただ脚を使い、結果的に2時間手前で脚はすっからかんに。ブリッツェンが1分差でコントロールしていたのをやめたタイミングで、既に限界がきておりそこでレース終了。山里が最終局面まで粘ったが32位でゴール。苦しいレースとなった。

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振り返り↓

今思えば、縮めるなら縮める、広げるなら広げるで、自分からも積極的にコミュニケーションを他チームと取るべきだった。自分がレース中に使う脚をもっと慎重にすべきと反省。

自分自身走り始めから不調を感じていたが、コンディションを整えられ無かったことや、後手を踏んでしまうとどうなるか、等々今回も反省が多いレースとなった。そして何より弱い自分が悔しい。しかし明日は明日の風が吹くというように、切り替えて次の日に備えることに。

 

Day2 ☁️ 6.0km 10laps 60km DNF

はぁ。この日はついてなかった。

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レースのプラン↓

おそらくだけど打ち合いのまま最後まで行き、最終周心臓破りでもがけた少人数でのスプリントになるのではと。ただやはりBSの動きは要注意で逃げが決まる可能性ももちろんあるので、いずれにせよ前方でレースを作る側に回っていこうと話し合った。最終スプリントは山里で、菅原は調子を見つつといった感じでレースに。

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レースレポート↓

この日も先頭に並んでレーススタート。スタートしてすぐに分かる、かなり調子が良い日だった。最初のペースも全くキツくなく、アタック合戦にも脚を使わずに展開に絡む。不調だった日の次の日は大体調子がいいことが多いのはどういうメカニズムでそうなるのだろう。

それはさておき、レースが終わったのは3周目。アタック合戦が一瞬緩み、見合っていた下りでシッティングのままアタック。ここかな?っていう感じで脚を使いすぎないように飛び出す。マンセボさんが付いてくるが後ろも容認する雰囲気はなく、すぐ捕まりそうに。あーダメかーなんて思ってたら後輪が急にパンク。どんなタイミングでパンクするんだよ。集団復帰脚使うやんとか考えながらマビックカーを待つことに。しかし待てど待てども来ない。まさかの自分がパンクした200mくらい手前で落車が起きており、ホイール交換して走り出すまでに3分の停車を要することに。加えてマビックカーも1周しか引けないと言われ3分差を詰めれる訳もなくゲームオーバー。

チームからは菅原の25位が最高位。力が足りず噛み合わない2連戦だった。

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振り返り↓

やるせない気持ちが強いが、これが全日本選手権じゃなくてよかった。そう思って気持ちを落ち着かせることに。

唯一の反省点とすれば、コルサネクストにtpuチューブの機材選択は軽量に振りすぎてリスクがあったかもなと。やはり多少重量面で劣っていてもサーキットコースでのパンクは致命的になるため、チューブレスにするべきだなと改めて感じた。

 

話は変わりますが、近頃の出来事として、自分の未熟さから相手を傷つけ、周りに迷惑をかけてしまった。相手のことを考えると本当に申し訳なく思い、また後悔もしている。反省すると共に、スポンサーを背負って、JPROツアーを走らせて頂いてる身として、出場しろと言われたレースに全力で挑み、結果に繋げることで周りに返していける選手になることを肝に銘じていきたい。また自分の未熟さを律し、2度と同じ過ちを繰り返さないよう胸に刻み、より一層真剣に自転車競技と向き合っていく。

 

次戦は4/27.28西日本ロードクラシック。チャンスを見出して結果に繋げる。引き続き応援宜しくお願い致します。

 

📷by gamo yoshiyuki

機材提供↓

ウェア: WAVE ONE

ヘルメット: HJC IBEX 2.0 (intermax)

アイウェア: evil eye road sense

補給食: MAURTEN

機材: NNLLレーシングサイクル

 

 

4/14 チャレンジロードU23 74位

宇都宮2連戦を終えたタイミングで、予定より早く積み上げてしまっていたため2週間のリカバリーウィークを。無事に蓄積疲労が抜け、少しストレスも抜け、全日本に向けてフルガスで過ごす2ヶ月間を前に良い準備を進めることができた。

しかしパフォーマンスはしっかり落ちた状態で今回のチャレンジロードに挑むことに。どんな状態であろうと勝つために最善を尽くすのみ。

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レースレポート↓

伊豆CSC 5.1km-12.5laps 63km ☀️ リザルト74位 チーム最高位:菅原3位

出走人数が160人、加えてクラス3からクラス1まで、E3からJPTまでとかなりの脚力差のある集団でカオスになることは容易に想像がついたため、序盤から脚を多少使っても前方に位置取り。ペースもあまり速く無く、アタック吸収を繰り返して序盤を終える。明治林原が動き出した4周目あたりから逃げが決まりそうな雰囲気がプンプンし始める。5周目に入り縦伸びした集団が緩んだタイミングで自分からアタック。すんなり決まりあっけなく逃げに。メンバーは順大同期の塩出と、「かっちゃぁーん」と叫びながらジャンプしてきた中央の虎、明治林原含む有力な10名ほどの逃げに。

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逃げでは余力を残して走るものの、明治林原は更に圧倒的に余裕そう。そして10人の逃げからも足並みが揃わないと感じたのか早々にアタック。ここはタイミング早すぎると自分は見送る。結果的にこれが展開としては致命的になった。そうして林原含む3名逃げ→6名(自分)→メイン集団の構図で6周目からラスト4周まで。今の実力では自分が動けるのはラスト3周くらいと考えていたため、そこまでは多少前と差が開きつつも動かぬようにステイ。逃げが分断してから15-20秒差で推移していたものの、こちらの集団がペースダウンしてしまい、ラスト3周地点で35秒差まで広がってしまう。

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ここで自分は秀峰亭前でアタック。ついてこれたのは塩出、京産矢萩。20秒後方にはメイン集団、前までは30秒。この差を埋めれるくらい脚を残していたつもりがペースを上手く上げれず、ラスト2周を残してメインに吸収されてしまう。

そう、ただただ脚が無く気づけば売り切れになっていた。チームメイトに集団を抑えてもらっていたのに情けない限りだった。吸収されてからは前3名を吸収するべくメイン集団のペースアップ。これも2発やって脚は無くなり、その地点で前まで20秒。結果的にあと10秒自分の引きで縮めれば菅原が勝てたかもしれない。申し訳ない。

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逃げは中途半端に終わり、集団牽引もあとちょっと足りず、全部が未熟なレースで終えてしまった。今回の反省は力を過信しすぎたことと、前に迷わず乗らなかったこと。だがそれまでのレース運びは悪くなかった。チームとしては自分のせいで勝ちを逃してしまったことは申し訳なく思う。トライアンドエラーを繰り返してより良くして行き勝てるチームを目指す。

ここからはJBCF、学連共に重要なレースが続く。全日本を中心に引き続き集中してトレーニング、レースに臨んでいきたい。

次戦は4/20.21東日本ロードクラシック!シーズン初群馬頑張ります!応援宜しくお願いします!

 

📷by gamo yoshiyuki

機材提供↓

ウェア: WAVE ONE

ヘルメット: HJC IBEX 2.0 (intermax)

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補給食: MAURTEN

機材: NNLLレーシングサイクル

 

 

 

 

 

3/24 JPT 宇都宮清原クリテリウム 34位

3/24 JPT 宇都宮清原クリテリウム ☀️ 3.0km 21laps 63km 34位 山里32位

3歩進んで2歩下がるとはまさにこのこと。

今日は昨日よりインターバルが少なく流れるコース。山里のスプリント、もしくは逃げで勝負。

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レースレポート↓↓

色々前置き飛ばしてリアルスタート。先頭でスタートしてちょいちょい逃げを狙う。昨日の疲労もあって回数打てないし全然決まらない。というか容認する気配が無かった。予想ではクリテリウムにしては距離が長いことや、インターバルが少ないため集団コントロールがしやすいことから、序盤の逃げを容認してもらえるのでは。なんて考えていたけど、結果的に最後まで逃げという逃げは決まらず。自分は序盤でなんとなく決まらなそうだと一旦後方に下がる。f:id:kazuki_watanabe_k:20240324231228j:image
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今回のクリテは落車が起きなかったけど、結構カオスな状況が何回かあって中盤あたりから自分は恐怖心が勝ってレースに消極的になり出してしまった。そこからは大して踏んでる訳じゃないし強度的にもキツくないはずなのに急にレースが辛くなってきて志布志クリテリウム同様逃げ出したくなってしまう。自分の性格は元々は本当にビビりで緊張し易い。よく言えば慎重なのかもしれないけど、スプリンターみたいなレースへの没入感が自分には少ない。おかげで一歩引いた状態でレースを走れているけどいざ勝負の時となると弱さでもある。f:id:kazuki_watanabe_k:20240324232002j:image

終盤に近づき、そろそろ前に行こうと一周使って前に上がる。各チームトレインを組み出す前に、逃げのチャンスを狙いに一か八かで仕掛けるが誰も着いてこない。この時作戦としては逃げ切れるわけなんて無いから、誰もこない地点で戻るべきだったけど、自分は勝負よりチャレンジして魅せる方に逃げてしまった。山里を引き上げて最後のリザルトを狙うことより、怖い集団スプリントから逃げるために自分のエゴで走ってしまった。はたから見たらチャレンジだったかも知れないけど、チームスポーツである自転車競技で恐怖心から逃げてしまったことは選手として致命的だったと思うと同時に、チームメイトには本当に申し訳なく思う。

怖いんだったら圧倒的な脚をつけるか、狙える選手のアシストをする。学連では無駄脚を使ってもある程度は修正ができて走れてしまうがJPT以上のレベルはそんなに甘く無い。チームとして毎レース確実にリザルトを残す為に、レース毎のやるべき事をもっと真剣に考えて走る必要があると感じた。今回のクリテリウムは自分のせいでリザルトが残らなかった。チームを引っ張っていく為にチームで強くなる為に、辛い時こそ逃げ出したくなる時こそ、強く居なければならないと感じるレースになった。

一歩ずつ。

次戦はチャレンジロード!

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📷by gamo yoshiyuki

機材提供↓

ウェア: WAVE ONE 

ヘルメット: HJC IBEX 2.0 ( intermax )

アイウェア: evil eye road sense

補給食: MAURTEN

機材: NNLLレーシングサイクル

3/23 JPT 真岡芳賀ロード3位🥉

3/23 真岡芳賀ロードレースJPT 🌧️→☀️ 7.2km 14laps 100km 3位 ベストホープフル賞獲得。

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結果から言うと初のシングルリザルト、表彰台、ベストホープフルライダーを獲得することが出来た。

 

レースプラン↓↓

このコースをこのコンディションでリザルトを狙うためには、アヴニールとしてはトレインを組んでのゴールスプリントではなく、最終周もしくはそれまでの勝ち逃げを狙うしかないとGM、チームメイトと話した。自分らしく楽しんで積極的に行きたいなと考えながら気負わずレースに挑むことができた。

 

レースレポート↓↓

レース距離は100kmとロードレースにしては短いが、コーナーのグレーチングがウェットコンディションでかなり危険で加減速が激しいため、集団後方だとインターバルで苦しむコース。試走の段階で登らないコースではあるが、かなりキツくなるだろうと想像がついた。おまけに朝は雪が降るほど寒く、レース前半も5度で雨というまさに人間力が試されるレース。着込めるかぎり着込んでレインジャケットを着用してこれでもかというくらい寒さ対策をしてレースに。

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レースが始まってからはローリングスタートの段階で先頭に位置取る。リアルスタートしてからは、ウェットコンディションのグレーチングで落車が多発。落車の度に我に返り戦意喪失しつつも、前半は先頭付近で周回をこなす。最初の5周くらいはアタック合戦が緩んだタイミングを狙って、自分からも動きつつ逃げに行くが中々決まらず。この地点では体も調子良く余裕を持って走ることが出来ていた。後からライブ配信を見て、集団後方は無限にインターバルがかかり縦伸びし続けていたため、後ろにいたらきついレースになっていただろう。

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中盤に決まった岡本選手、入部選手の逃げは集団内にチームメイトが少なかったことや、最終的に捕まる可能性が高いことからパス。何人かブリッジがかかりそうだったら乗れるよう準備したが、2人逃げが容認され集団が緩む。このタイミングで30人ほどまで減っていた集団に、落車の影響で遅れて出来たセカンドグループが合流し、60名程の集団になる。アヴニールからは自分、よこやん、ふじいさんの3人で後半に向けて備えることに。この辺りから晴れ間が見え路面も乾きだし、レインウェアを脱いでお着替え。

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逃げと1分ほど差が開き、どのチームも集団コントロールし出さない中、地元チームである宇都宮ブリッツェンがトレインを組み前との差を縮め出す。アヴニールとしても逃げに乗せていなかったが、3名しか枚数を残せなかったこと、脚では他のコンチネンタルチームには劣っていることもあり、引かない選択肢ももちろんあったが、ロードレースに参加する1チームとして、仕事をするべきだと思い集団牽引に加わることに。加わりだして半周ほどで40秒差まで縮まり、登坂区間に入る手前でキナンさんが3枚で攻撃。そのペースアップで即逃げが捕まりレースは振り出しに。コンチネンタルチームの強さをまじまじと体感する瞬間だった。そのまま集団はペースが上がり出しラスト4周を切る。

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自分が動いたのはラスト2周に入ってからで、シマノ風間選手の飛び出しのカウンターで仕掛けて逃げを狙う。ブリッツェンの選手と2人で飛び出すも、終盤に向けてペースが上がった集団からは大きく差をつける事はできず最終周回に。集団スプリントで勝機がないことは分かり切っていたので抜け出せるタイミングは無いかと探し続ける。コーナー前の下りで前が踏みやめた瞬間にいけるかもと感じ、そのタイミングで目の前にいたレバンテのサウルエヴァー選手がアタック。即座に反応して飛び出し、コーナー明けて集団からシマノ風間選手、順大パイセン石原さん、マトリックスホセ選手が追いつき、その後4人逃げに。シマノさんが集団前方にほぼ全員集まってたことで、スプリントで勝機のある石原さんの逃げなら集団を抑える可能性が高かったため、意を決して後ろは見ずに決め切りに行くことに。

f:id:kazuki_watanabe_k:20240325170453j:imageもうそこからは地獄の5分間、2度千切れかけながらも全開ローテ。石原さん、ホセ選手の引きが強くキツ過ぎてあまり記憶が無い。なんとか本当にギリギリのところで誤魔化しつつ補給所の坂を迎える。後ろは10秒差ぐらいだろうか、まだ見えない。ここで4人の勝負になる事を確信。4人のスプリント勝負では自信が無く、一か八か立ち上がりで仕掛ける。限界のところで走っていたせいでキレも脚もなく、結果的に石原さんのアタックのアシストになってしまい、カウンターをもろにくらう。自分とエヴァー選手が着き切れず石原さんホセ選手の1位争い、僕ら2人で3位争いになり、3位表彰台はなんとか競り勝ちゴール。U23トップでのフィニッシュだったためベストホープフル賞も獲得。優勝ホセ選手、2位石原パイセン。f:id:kazuki_watanabe_k:20240324215159j:image
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JPT3年目にしてようやく初のシングルリザルトで表彰台。事前に考えていたことを実践して逃げ切れたけど、最後の5分間は絶対に勝つんだとか、作戦通りだとか色々考える余裕なんて無くて、ただただ無我夢中に走ってた。けど上位2人は明らかにまだ余裕があって、表彰台に乗れるか乗れないかの差はデカいかもしれないけど、それより遥かに今回の1位と3位は離れていたと感じた。3位でもこれまでのリザルトやキャリアを考えると上出来だったかもしれない。けれど勝てばアヴニールと自分の歴史を変えることが出来たと思う。これまでお世話になった本当に多くの人や両親ももっと喜ばせることが出来たと思う。だからこそ本当に悔しい。勝者だけが評価される自転車競技で勝つためにはまだ何段階ものステップを乗り越えなければならない。階段飛ばしで飛び級のリザルトを残せる選手では無いけど、一歩一歩確実に成長して必ず勝てる選手になろうと強く思った。

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少し嬉しそうなおっぺいさんを初めて見れたことはここだけの話🤫自分は恵まれていることに本当に多くの喜ばせたい人がいる。競技人生を終えた時に胸を張ってやり切ったと言えるように、お世話になった方達に恩返しできるように、引き続き挑戦して行きたい。

あと蒲生さんを残業させるためにも笑

📷by gamo yoshiyuki

機材提供↓

ウェア: WAVE ONE 

ヘルメット: HJC IBEX 2.0 ( intermax )

アイウェア: evil eye road sense

補給食: MAURTEN

機材: NNLLレーシングサイクル

 

 

3/10 神宮外苑クリテリウム 大学対抗 個人6位 

3/10 ☀️ JICF 神宮外苑クリテリウム 1.5km-20laps 30km 6位 大学総合7位 中間スプリント賞

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2年振りの神宮外苑でのクリテリウム。大学対抗グループ1に順天堂からは自分、塩出、菅原の3名で出場。逃げは積極的に入って最後は2名が必ず上位に入るように立ち回っていこうと話しレースに。現実的な目標は大学総合3位。個人としてはもちろん優勝を狙って。

個人的に慶應の大前さんが必ず優勝争いすると思っていたので最もマークしていた。他にも挙げたらキリが無いほど有力選手は多かったけど、周りばかり見すぎて自分らしさを失ったレースはしたくないなぁとか考えていた。

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そしてレース。このコースはおそらく走った選手全員が口を揃えてきついと言うんじゃないかな。1.5kmと短い周回の中でフルモガキを2回する必要があってインターバルが他のコースと比べ物にならないくらいきつい。おまけに最初の3周ほどで久しぶりの調子の悪さを悟り、脚の反応が凄く悪くこのレースは地獄になることを覚悟した。

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序盤から中央の山下、日体玉城さん、カミタイとかとか積極的に動いてくる。自分はまだだなーまだだなーと動かず集団で捌く。7、8周目あたりまで集団が常に伸びてて周りを見ると割とみんな消耗し始めてそうだと感じる。決まりそうな雰囲気出始めたけどみんな誰も行かなかったから、9周目に立ち上がりで伸びたのを緩んだ瞬間自分から仕掛ける。ゆるーく行ったらやっぱり集団の反応は悪く5名で飛び出す事に成功。

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f:id:kazuki_watanabe_k:20240311172902j:imageそしてそこに大前さん、日大岡本がブリッジして7名のかなり良いメンバーで抜け出せたものの、さすがにこれは許してもらえず集団が追いついてくる。しかし集団が消耗してることは分かっていたので、捕まって一瞬緩んだ隙にゆるーく仕掛けるもこれも決まらない。この逃げはとりあえず10周目のスプリント賞だけ取って集団に戻ることに。ぶっちゃけこの辺りでかなりきつかった。なんだろう、いつもならもっと早く回復するのが回復しない感じ。典型的に調子が悪い日だった。そしてこの動きから一旦落ち着いて14周目まで距離を消化。多分だけどみんな消耗してて動きたくない雰囲気?

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レースが再び動いたのは14周目、序盤から動き続けていた日体玉城さんが1人で先行。集団は誰も追わない。と思いきや大前さんが1人でスルスル抜け出して追走。これまでの経験上乗るか迷った時はだいたいチャンス。そしてすぐにブリッジ。すんなり決まって中央山下、大前さん、日体玉城さん、自分の4人の逃げに。

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もう逃げ始めた瞬間から本当にきつい。久しぶりにその場から逃げ出したくなるほどのキツさ。兎にも角にも逃げ切るために死にかけながらローテして走る。なんとか誤魔化しつつ走り、勝機を見出すために考えるもかなり絶対絶命な状況。大前さんには恐らくスプリントでは勝てないし、その大前さんは4人の中で1番脚を残していそうだった。中央山下もかなり踏めてるし、自分の勝ちパターンとしてはここから独走するしか無いんだけど、当の自分はローテ回すのでかなり限界。でも諦めて辞めるわけにも行かないのでとりあえず逃げ切るために酸欠の頭で考えて走り続ける。が、最大20秒近く開いたメインともじわじわ縮まり出し、逃げもペースを上げることができずいよいよ八方塞がりに。メイン集団を見ると逃げに乗らなかった日大を筆頭に、集団の人数をびっくりするくらい減らしながらの鬼の猛追。順大もこの時点で勝負に絡めるのは自分1人になり、自分の順位だけに集中することに。決死の逃げも日大の猛追で最終周回で捕まってしまう。間髪入れずカウンターでカミタイが小泉を引き連れてパワープレイで爆走。日大の猛追からのカミタイの暴走で後ろは崩壊、自分はオールアウト寸前で7番手で最終コーナーを曲がる。立ち上がって一瞬緩んだ隙に速度差をつけていこうと試みるも、前6人のラインに塞がれてしまい後ろからスプリント。カミタイだけギリギリ刺して6位でゴール。

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今回も優勝することはできなかったけど、自分がやりたかったことは最大限できたレースだった。悪いコンディションの中でも積極的なレース作りを出来たことは次に繋がるように思える。しかし逃げた先で勝利まで持っていく武器が自分には無いことを、肝付ロードでの逃げや富士クリテに続き痛感するレースになった。このままでは逃げに乗って勝負はできるけど勝ちきれない選手になってしまう。オールラウンドに、かつ自分の武器も持った選手になって結果を追い求めていきたい。

 

📷by gamo yoshiyuki